掻爬手術

4/21 掻爬手術

いつか、同じ病気で苦しんでいる人の為になるならば。
少しでも心の傷が癒えるように...

この病気が無くなれば良いのにと、願いを込めて...
流産だけでも悲しいのに、500人に一人の病気になってしまうなんて...
悲しすぎるよ。
神様

こんな確率... 宝くじにだって当たった事無いのに...
そんなくだらないこと考えていたら、虚しくなって来た。
ずっと嫌な事ばかりだよ。

メスを入れる訳ではないので、正式には手術とは言わないそう。
だけど、面倒なので、ここでは手術と書き記しておくことに。


4/21 

6:00頃 起床 流石によく眠れなかった。
8:00頃 主人が病院に電話を入れる。何時に手術の予約がいれられるかの確認。
    9:30に予約を入れてもらう。
    その時に、4/17の血液検査の結果を聞くが、教えてもらえなかった。
    初診のため、カードを作る関係があるので、早めに家を出る。
    といっても、9:15出発だったけど。

9:20頃 家の近くの病院に到着

    待つ事15分以上


9:40頃 受付、カード作成


9:50頃 担当の医師に話しを伺う


病名 (hydatidiform mole)胞状奇胎だと告げられる。

hcg数値が高かったので、腫瘍(良性)があるのだろうということだった。


★HCG ~ ヒト絨毛性ゴナドトロピン
       胎盤がつくられる絨毛組織から分泌されるタンパク系のホルモン。
       正常妊娠では排卵、着床後3~4週間経過すると尿中のHCGは1,000~3,000IU/lとなり妊娠反応陽性となる。
       胞状奇胎ではこのHCGが10万IU/l以上になる。


私の4/17の血液検査の結果はhcg数値は約140,000だったそう。たっか~


先日、2周期は子づくりを見送ってと言われていたが、腫瘍(陽性)が確認されたので、6ヶ月は様子を見ようと言う事になってしまった。

また目の前が真っ暗になり、涙が後から後からこぼれる。


2ヶ月でも長いって思っていたのに、6ヶ月なんて...


11月に流産してからせっかく出来た子供...

それが、わけのわからない『胞状奇胎という病気』になてしまうなんて...


医者は「1年と考えたりもするが、6ヶ月でいいんじゃないかって思っている」と、言っていた。

「今後ちゃんと妊娠するんですか?」

「大丈夫。妊娠するから。」

手術してから、週一で血液検査があるそう。
順調ならば、週2、月一、2ヶ月に1回となっていくらしい。
月一で、検診もあるらしい。


胞状奇胎は前がん状態なので、定期検査が必要  

●尿中または血中HCGの推移を観察
 
 HCG低下のだいたいの目安
 
 術後5週で1000単位
   8週で100単位
   12週(20週)でカットオフ
     レベル(2以下)
に達していれば、経過順調といえる。
 


前回流産してしまった時も、血液検査ばかりやったなーと、嫌な思い出が蘇る...


きっと日本なら2、3日以上は入院になるんだろうけど、こちらでは半日入院で帰される。
出産時ですらも48時間後には退院になるから、ちょっとしたことくらいでは入院にはならないんだろう。


日本でも入院した事が無いのに...


病室に行く前に、エコグラフィーで子宮の中の様子を確認した。

「胞状奇胎っていうのは、間違いでありますように...」

わずか1%の望みに掛けてみた。

でも、その願いも虚しく、赤ちゃんは顔を見せてくれなかった...

ドクターが新米のドクター(女医)になにやら、子宮内に映っている胞状奇胎のことを説明していた。

こっちでは発症率がアジアの10分の1なんだから、そりゃ貴重だよね。
見せてあげた方がいいよね。
でも、見せ物じゃないんだよ。
そんなこと言っている場合じゃないけど、悲しかったんだよ。



病室に行ってから、ドラマで見た事があるような、おしり丸見えの(って大袈裟か。)、手術着に着替えさせられる。

ここで、待つのか...

小さなベッドと、窓際のカーテンで仕切られただけの、小さな空間。


朝、何も食べちゃいけないんじゃないかと気にする私に、このところ全然食べていない私を心配する主人が
水と果物(葡萄)を持って来た。
そして(無理矢理)あせる食べさせられた。

「前回、手術前は何も食べちゃ行けないっていってなかったから...」
と、主人は強く主張していた。

でも、やっぱり食べちゃいけなかったんだけどね。

幸い、あまり食べていなかったので手術のOKがもらえたが、手術までは何も口にしないこと。と、医者と看護士に言われた。


お腹すいた。喉かわいた...
この病気になってしまってから、食欲は減少して、ほとんど食べられないけど、もうずっとまともに食べていなかったので、いい加減お腹はすいている。でも、食べられない。
心と体がくっついていない感じ。

あ~ 元気になったら、あれ食べよう、これ食べよう。
そんな事ばかり考えている、卑しい私。(苦笑)


手術は2時から5時くらいの間に始まるだろうと言われる。
9:30頃から病院に入って、ただ待つだけの時間って本当に長い。
家が近いから、一旦家に戻りたいよ
こんな小さなベッドじゃ休まらないよ
高い天井を見つめながら、そんな事を考えていた。


早く家に帰りたい。 でも、こうやって何ヶ月も、いや何年も入院している人もいるんだよね。
この病院で、どのくらいの人が産まれて、どのくらいの人が亡くなっていったんだろう。
病院って、喜びや悲しみがいっぱい詰まっているんだよね...
そんなことも考えていた。

外をぼーっと眺めていたら、主人が私の手を握ってくれた。
言葉が無くても、彼の心が伝わってきて涙が頬を伝って流れ落ちた。
2度の妊娠。
悲しい涙しか流していないよね。
今度はきっと嬉し涙を流せる日がくるよね。
今度この病院に入院するときは、大切なこの人の子供を出産するときだよね。
主人の手を握り返し、そんなことを思った。

こんな素敵な人の子供を産んであげられない。
本当にごめんなさい。
言葉に出してしまうと、主人がきっと悲しむので、心の中で主人に謝っていた。

やっと来てくれた天使たち。

ママは悲しいよ。


待っている間、一旦お昼を食べに主人が家に戻った。

「スリッパ持って来てあげるね。」


大好きな私の旦那様。
もし逆の立場で、この旦那様が手術なんていったら、私悲しくてしょうがないだろうな。
いつも私を励ましてくれて、勇気づけてくれる。
弱っている私の姿を見るのは辛いんだろうな。


「早く 君がもりもりご飯を食べているところを見たいよ。」


つわりが酷くなってから、あまり食べられなくなってしまった私に、何度となくこの言葉を言っていたっけ。


「元気になったら、韓国料理屋さんに連れて行ってね。」


「韓国料理でも何でも好きなもの食べさせてあげる。」


優しい...
どうしてこんなに優しいんだろう。
この人の子供を産みたかった...
考えれば考える程、涙が出てくる。




主人が一旦家に戻っている間に、血液検査があった。
先週の木曜日から4日も経っている。
数値もまた上がっているのかな?

簡単な質問(身長、体重、薬の服用、アレルギーについて、今まで手術はしたことがあるかetc...)と、署名をした。
手術が失敗しても文句は言わない... みたいな、ことで勝手にサインをしてしまっても怖いから、何の為のサインなのか、確認をした。
語学力が乏しいと、こういう時、騙されたら嫌だからね。あせる

子宮内容除去手術しますってことと、痛みがある事を承諾する?為のサインだとか...


☆子宮内容除去術(奇胎細胞を子宮から完全に取り除く手術)2~3回に分けて行う



「痛み?!すごく痛いんですか?」

って、思わず聞いちゃった。
なんで、痛みがあるからってサインしなくちゃいけないの~
怖い~

「大丈夫。そんなに痛くないから。」


「じゃ、どのくらい?生理痛くらい?」


「そうそう、まさにそんな感じよ。」


痛くないんだったら、いっか。
生理痛の重たいのプラスさらに重たいくらいなのかな~(表現するのが難しい)
覚悟しなくっちゃ。

とりあえず、サインを済ませる。




ほとんどのサイトで、手術は2回もしくは、3回って書いてあった。
でも、ドクターからは2回手術があるって、聞いてない。

『今は1回のみの手術でいいというところもあるらしい...』って、1つのサイトで記載してあった。そこだけだったから、不安。
覚悟はしといた方がいいのかな... あ~ 嫌だな~


20分くらいしたら、主人が病室に戻って来てくれた。


4時頃、トイレに行った。
麻酔が掛かっている間に、漏らしちゃっても嫌だしね。

4時過ぎにようやくお迎えがやってまいりました~

「まな板の上の鯉」状態。



歩いて手術室まで行くのかと思ったら、今まで寝ていた小さなベッドをがらがら押してもらって手術室まで行く事になった。

病室を出る前に、主人の手を握り「今度は元気な子を作ろうね。」って、約束をした。


病室を後にした私の姿を見送りながら、主人はこの時、何を思ったんだろう...


手術室に向かうまで、私は泣いてしまった。
もっと辛い事で苦しんでいる人がいっぱいいるのに、情けないと自分を恥じた。
でも、涙は止まらなかった。

5分から10分で終わる手術と言っていたので、すぐに病室に戻れるんだろうと思っていた。


でも、実際は、手術室の前まで連れて行かれて、そこから15分くらいも待たされた。



時計を見ながら

「10分くらいで終わる手術って言ってたけど、これじゃ終わるのに時間がもっとかかりそう。彼、心配するんだろうなー」

なんてことを、考えていた。


約15分経って看護士さんがやってきて、また簡単な質問(名前など...)をされ、手術室に向かった。

手術室では5人くらいの医師達がいた。

「たった10分で終わる手術なのに、沢山の人が関わるんだなー。胞状奇胎ってこっちでは珍しい手術だから見学する人もいるのかなー まっ もうどうでもいっか。」

半分投げやりになっていた。


手術が始まる前に、TVドラマでしか見た事の無い、心音を聞く装置を取り付けられた。
初めて自分の心音を機械を通して、聞いちゃった。

「ピッピッピッピ...」

緊張しているのがばれちゃいそうで恥ずかしい。
ちょっと大きく深呼吸。
心音が少しゆったりとした。

初めての手術室。
ドラマみたいだな~と、室内をぐるっと見回していた。
大きなライト。

主治医が入って来た。

「もし悪性の腫瘍が見つかったら...?」
ちょっと怖かったので、質問してみた。

「多分、良性だと思うけど、悪性でもいい治療があるから、安心して」
医師は微笑みながら、そっと私の肩に手をかけてくれた。


不思議と気持ちは落ち着いていた。

麻酔薬を投入する為に、血液の管に太い注射針を、手の甲に刺された。
それが上手く行かず、痛かった。(>_<)

上手く入らないので、手首の辺りの血管に変更。
今度は上手く挿入。
少し痛かった。


数は数えなかったけど、10秒も数えられないくらいだったと思う。
すぐに天井がぐるぐる廻り出し、目を開けてられなくなった。
薄れる意識の中、一人の看護士が

「麻酔が効く前にこれを聞かないと...」

というのが聞こえた。

他の看護士が

私の肩を叩きながら、何かを伝えたがもう意識はもうろうとしていて、まったく分からなかったが、頷いたのだけは覚えている。



意識が戻ったときは、もう別の部屋に移されていた。


うっすらと意識が覚醒した時、「もう全てが終わったんだ」と思った瞬間、大きな悲しみに襲われ、号泣していた。


看護士さんに


「痛いの?」

と聞かれたので

「少しだけ」

と、答えると

「1~10 のどのくらいの程度で痛いの?」


「う~ん 1くらい」


「一応、痛み止めの注射を太ももに打っておくね。」


と、痛み止めの注射を打ってくれた。


まだ泣いていたので


「大丈夫?痛い?」


「痛くない。悲しい...」


と、答えると


「かわいそうに」


と言い、まるで泣いている赤ん坊をあやすかのように、優しく私の頭を撫でてくれた。



5分から10分で終わる手術と言われていたのが、計1時間くらいは掛かったのではないかと思う、

病室に戻るまで2時間弱掛かったようだ。
主人が心配そうに病室で待っていた。
手術が終わるまでの約2時間、落ち着かずに病室を行ったり来たりし、うろうろうろうろしていたんだそう。

後でそれを聞いた時に、想像出来て笑っちゃったんだけどね。



いっぱい心配かけちゃったね。

私頑張ったよ。

偉かった?


私の気持ちをいつも全身で受け止めてくれる、優しい旦那様。

こうやって辛い事を二人で乗り越えて行くんだよね。


そして、幸せは二人で分かち合って生きて行くんだよね。



私がいた病室は半日入院の人ばかりで、もうみんな帰宅した後で、誰もいなかった。


手術が終わったらもう、すぐに何か食べたかった。

看護士さんが、クッキーとジュース、ジェリーを持って来てくれた。

シンプルなクッキーがすっごく美味しく感じた。


ずっと吐き気で食べられなかった。


もうぱくぱく食べていた。

それを嬉しそうな顔で主人が見ていた。

クッキーを6枚くらい食べた。

吐き気も無い。


食べられるという事が嬉しくて、泣きそうになった。
健康なときは当たり前だと思っていたのに...

こんなに有り難い事なんだね。

30分くらいして血が大量に出ていないか、トイレに行って用を足して確認。
トイレの水が真っ赤になったので、焦ったけど看護士さんにチェックをしてもらったら

「これだったら大丈夫そうだね。少し歩いて血が出ないようだったらもう帰宅してもいいよ。帰宅してから大量出血したらすぐに病院に連絡してね。」


と言われた。

廊下を歩いても出血は無かったので、無事帰宅許可が下りた。



主人が車椅子を引いてくれた。
車椅子を乗るのも初めての経験。

自分が経験しないと分からない事って沢山有るんだね。
車椅子は楽ちんで快適だったけど、ずっと車椅子の生活だったらどんなに「歩きたい」って思うか... 歩ける事って、健康って幸せなんだねって強く感じた。


こうして私達は病院を後にした。



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